
久々にブログを更新します。
スパルタスロンに出場したのはもう4ヶ月ほど前になりますが、気持ちの整理のつもりでブログを書いてみようと思いました。
結果を先に述べておくとcp58と59の間の約190km地点で動けなくなりリタイヤしています。
レースレポートというよりは自分の気持ちの部分が多いと思います。レースの細かい内容などは他の方のブログの方が参考になると思います。
以下がブログの構成になります。
※記事の中でランダムにギリシャで撮影した写真を載せていきます。
出場したきっかけ

大学3年生の頃、入学当初に立てていた目標(フルで2時間50分切り、100kmでサブ10)をあっさり達成してしまい、目標を見失っていました。
大学の集大成として何かやり遂げたいという気持ちはずっと持っていて、その中でも”誰もやっていないことをやりたい”という気持ちがあったのだと思います。
そういう意味ではスパルタスロンを走った学生を僕は知らなかったので、スパルタスロンを走ることは僕の新しい目標にピッタリでした。
エントリー

みなさんご存知だとは思いますが、スパルタスロンのエントリーはクリック合戦です。2018年のエントリーは約7分ほどで定員に達したと聞きました。
エントリー前、スパルタスロンを走る覚悟など全くありませんでしたが、走ってみたいという気持ちも少しあり、走るかどうかは運に任せようと思ったのです。
結果は24番目にエントリー完了。
これは腹をくくるしかないと思いました。しかしこの頃の僕はまだウルトラの道に踏み込んだばかり。246kmを走るイメージなど全く出来ませんでした。
当時の僕の実績は以下の通りです。
- フル 2時間46分
- 100km 9時間46分
- 最長走行距離は約100km
- ウルトラを始めて3年目
完走のイメージは今できなくても、レースまでは半年以上あるため、当日までに間に合わせようと決めました。今振り返ると自信もないのに、よくエントリーしようと思ったなと思います。
でも、この決断が僕のランナー人生において大きな影響を与えたのは言うまでもありません。
いざギリシャへ

完走に向けて自分なりに練習は行いました。ですが自分が思った以上にスパルタスロンのプレッシャーは大きく、レースの直前の調整期間はレースが近づいてきたという現実を受け止めることができず、現実から逃げて走らなくなっていました。
それだけ自分にとってスパルタスロンの壁は大きく、また自分はその現実を受け止めれないほど未熟だったということです。
ギリシャへ旅立つ日に関空で立ち寄ったすき家では、牛丼の並が完食できないほど緊張していました。
初めての海外ということもあり、自分が思ってるほど緊張していたようで、ギリシャに着いた頃には体調を崩してしまい、スタートまでの2.3日間のほとんどをホテルで過ごしました。
レース前日

ディナー会場の空気はその時のギリシャの空の様にどんよりとしていました。
僕の体調は回復傾向にありましたが、万全ではなく、僕の皿をみて「あんまり食べないんだね」と言われるほどでした。
どうやらレース当日の天気は大荒れの予報で、僕の体調も良くなくネガティブになっていたので「いっそのこと中止になってくれたら気が楽なのにな」と少し思ってしまいました。
スタート

スタート会場に向かうバスの中、前日のネガティブな気持ちはどこかに行き、会場に近づくにつれて高揚感も高まっていきました。
ウルトラの師匠から「スパルタスロンのスタートの高揚感は唯一無二のものだ」だと聞いていましたが、その言葉の意味をそこで理解しました。
レースの細かい内容まで書くとさすがに長くなりすぎるので、ここでは書きません。レースで感じたことは今でも鮮明に覚えているので、興味があれば本人に聞いてみて下さい。
ここではリタイアした前後のことだけ書きたいと思います。

cp52のリルキア(172km)に23時間43分に到着。
ここまでは計画通りのペース。今振り返ってもネメア(124km)での休憩に雨の影響もあり(着替えなど)30分を要してしまったこと以外はほぼ設定通りのペースで走れていました。
苦手なトレイル区間も夜間走も終えたということで、気持ち的にも余裕があり、まだまだいける気がしていました。

リルキア通過後、足はまだ動いていて、夜が明けて元気が出てきたこともあり、周りのランナーを抜くほど快調に走れていました。
リタイアが迫ってきたのは一瞬でした。
cp57を25時間58分で通過。
足裏に痛みはありましたがその他に大きなトラブルはありませんでした。だだこのあたりでざっくり残りの距離と時間を計算しました。
“9時間半で60km”
9′30″/kmペースなので、ゆっくり走れば全然間に合います。ただこの時の僕はこの現実を受け止められませんでした。
「9時間半走らなければいけない」
「60km走らなければいけない」
という事実を受け入れられず、身体が拒否反応を起こしているのが分かりました。
最初の難所と言われているコリントスを予定通り通過し、サンガスの山も越えた。そして自身の最長距離も越えるている。
それまではギリシャまで来てこんなところで終わってたまるか、という気持ちがありましたが、残りの距離を計算した時、「もうここまでくれば十分かな」という気持ちになってしまいました。
身体というのは不思議なもので、それまで快調に走れていたのに、気持ちが折れた瞬間から全く走れなくなり、次のエイドにたどり着くことも出来ずにコース上でスタッフカーに回収されました。

リタイアの原因を自分なりに考察

レースから数ヶ月が経ち、ずっとなぜリタイアしてしまったのか考えてきました。
レース直後、ある方から「スパルタスロンは気持ちがあれば誰でも完走できる」と言われました。言われた時は自分に気持ちが足りなかったと思いたくなかったので、その言葉を受け入れられませんでした。
でも、今はまさにその言葉の通りだと思います。
今振り返ると僕には完走への執着心が足りなかったのだと思います。
もちろん、出場するからには完走が目標でした。しかし、エントリーしてからスタートラインに立つまでに僕は今までにない経験をたくさんして、多くのものを得ていました。
スタートラインに立った時点で僕にとってはスパルタスロンから得られるもののほとんどを得ていた様に感じます。(少なくともこの時の僕にとって)
そしてレースも今まで走ったことのない距離を走り、自分の限界を超えていたため、ゴールにたどり着く前に満足してしまったのだと思います。
「ここまで走ったらもう十分だ」
そう思ってしまった瞬間、気持ちが折れ身体が動かなくなってしまったのだと思います。
でも本番でやるべきことは全てやったと思います。むしろ、自身の最長距離をその時より速いペースで走っていたのですから十分です。

反省すべき点は、レースまでにもっと経験を踏むべきだったと思います。
“ゆっくりでもいいから36時間走り続ける経験”
“レースペース(か、それより速く)150km走る経験”
上記のものは僕がやっておけば良かったなと思う練習ですが、レース本番で「練習であんなけやったから大丈夫」と思えるような心の支えになる練習をもっと突き詰めてやっておけば良かったと思いました。
どんな種目にも言えることですが、練習とは本番の走りに近いクオリティの走りを積み重ねて、少しずつ本番のイメージを作っていく作業だと思います。
今回はスパルタスロンという自分にとってはどこまで高いのか分からないくらい大きな壁ではありましたが、もっと練習の段階で突き詰めることができたはずなので、これから走り続けていく上で、同じような過ちを起こしてはいけないと心に誓いました。
今後スパルタスロンに出場し、完走を目指す人にアドバイスをするとすれば、「完走しなければいけない理由を自分の中で見つけることが大切だ」と言います。
もっと言うと、それを考えた時に完走しなければいけない理由が見つからなければ、完走にこだわる必要はないのかもしれません。
僕はレースを振り返って、完走できなかった自分を傷つけることをやめました。
ゴールに辿り着けなくても、目標に向かって試行錯誤し、ギリシャの地を走った経験というのは僕にとって多くのものを与えてくれました。
そして、これからの自分にできることは、「スパルタスロンの経験があるから、今の自分がある」と言えるように、少しずつ前に進むことだけです。
後ろばかり見ていても前には進みません。小さな一歩でも歩を進めればゴールが近づくマラソンと同じように、僕も自分の人生を少しずつ歩んでいこうと思います。
